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高松高等裁判所 昭和56年(ネ)202号 判決 1983年12月27日

控訴人

有限会社川竹総合商事

右代表者

川竹賢助

右訴訟代理人

横川英一

石川雅康

大坪憲三

被控訴人

有限会社檜屋木材商事

右代表者

中野忠勝

右訴訟代理人

山下道子

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金一六九六万六五〇〇円及びこれに対する昭和五二年九月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その三を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

三  この判決の主文一1は、被控訴人において仮に執行することができる。

事実

第一  申立て

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は木材、建材の販売を業とするもの、控訴人は土地、家屋の販売を業とするもの、有限会社ハシダ工務店(以下、ハシダ工務店という。)は建築工事請負を業とするものである。

2  控訴人は、ハシダ工務店との間で、別表記載のとおり建売住宅工事(以下、本件工事という。)の請負契約を締結した。

3  ハシダ工務店は、右約旨に従い右各工事を完成して引渡した。

4  ハシダ工務店は、昭和五二年一〇月三日控訴人に対する右請負代金債権を被控訴人へ譲渡し、同月四日控訴人に対しその旨を内容証明郵便により通知をし、同郵便は翌五日控訴人に到達した。

5  よつて、被控訴人は控訴人に対し右請負代金とこれに対する本件工事完成引渡後である昭和五二年九月一日以降支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  控訴人の答弁

請求原因1の事実を認める。同2の事実は、高知市加賀野井の追加工事の請負契約の点を除いて、すなわち請負代金が二五一四万二五〇〇円であつた限度で認める。右追加工事の請負契約の点についての被控訴人の主張事実を否認する。同3の事実のうち、本件工事(追加工事を除く。)の引渡しがなされたことを認めるが、その余を否認する。右工事は双方の合意により未完成のまま引き渡された。同4の事実は認めない。

三  控訴人の抗弁

1  ハシダ工務店は、本件工事未完成の間に倒産するに至つたが、控訴人はこれに先立ち、昭和五二年八月三一日頃、ハシダ工務店との間で、控訴人の親会社有限会社日本実業(以下、日本実業という。)の代表取締役川竹賢助から、同人が個人としてハシダ工務店に対して有していた二八〇〇万円を超す手形金債権を譲受け、これと本件工事の出来高約二三〇〇万円から既払工事代金として一〇六五万四〇〇〇円を差引いた残額とを対当額で相殺し、その結果ハシダ工務店がなお支払うべき約一五〇〇万円の債権については、ハシダ工務店は控訴人の注文により無償で四戸の建売住宅を建築完成させて控訴人に引渡し、もつて控訴人とハシダ工務店間の一切の債権債務関係を清算するとの合意が成立し、本件工事代金は決済された。

2  本件工事代金は前記のとおり二五一四万二五〇〇円であるべきところ、本件工事は未完成のまま引渡されたため、控訴人において次のとおり合計二一五万円の費用を支払つて、これを完成させた。したがつて右費用相当額が本件工事代金から減額されるべきである。

(一) 電気工事代(和田電気工務店へ支払) 金二四万円

(二) 給排水衛生設備代(同栄設備株式会社へ支払) 金九〇万円

(三) 建築工事代(矢野忠昭へ支払) 金八一万円

(四) 整地料等(矢野忠昭へ支払) 金二〇万円

3  控訴人は次のとおり本件工事代金を支払つた。

(一) 昭和五二年三月一四日 金二〇〇万円

(二) 同年四月一二日 金六五万四〇〇〇円

(三) 右同日 金五〇〇万円

(四) 同年四月一五日 金三〇〇万円

以上はいずれも日本実業振出の約束手形による支払で、(一)は金額三五〇万円、満期同年八月一六日の手形金の一部、(二)は金額四〇〇万円、満期同年九月一六日の手形金の一部、(三)、(四)はいずれも満期同年九月一六日、金額五〇〇万円及び三〇〇万円の手形である。

(五) 佐々木町六号建物の請負代金四三二万円

日本実業はハシダ工務店に対し、佐々木町一号ないし六号の工事代金の支払のために日本実業振出の合計二六三三万五六〇〇円の約束手形を交付して、その決済がなされた。右の請負代金総額は二五九〇万五六〇〇円であつたから、佐々木町六号の請負代金全額の支払がなされたことが明らかである。そうでないとしても、右約束手形のうち、昭和五二年二月一五日振出の金額二〇〇万円、満期昭和五二年七月一五日の約束手形一通は、佐々木町六号の請負代金債務の一部弁済のためハシダ工務店に交付されて決済された。

4  控訴人は、金額二〇〇万円、満期昭和五二年七月一六日、支払地高知市、支払場所株式会社高知相互銀行東支店、振出日昭和五二年六月一五日、振出地高知市上町一丁目九番一五号、振出人有限会社ハシダ工務店、受取人有限会社日本実業の記載のある約束手形一通を所持している。右手形は、受取人欄を白地とし、その補充権を授与して振り出されたので、その後受取人として前記のとおり補充された。

控訴人と日本実業は、社員代表者が同一で、単に税務対策上名義を使い分けているにすぎず、実体は同一の会社であるから、控訴人は、被控訴人に対し、昭和五七年一月一三日の本件口頭弁論期日において、右手形金債権と被控訴人の本訴請求金を対当額で相殺する旨意思表示した。

四  抗弁に対する被控訴人の認否と反論

1  控訴人の抗弁1は否認する。

2  同2は争う。本件建物はいずれも完成したものとして引渡されたものである。

3  同3中(一)の金二〇〇万円は認める。ただし、現実に支払われたのは昭和五二年一〇月一五日である。

同3のその余の支払はすべて否認する。控訴人主張にかかる手形は、いずれも日本実業がハシダ工務店に発注した工事代金等の支払のため振出されたものである。

被控訴人は当初控訴人が本件工事代金支払のため二五〇〇万円の約束手形をハシダ工務店宛振出し交付したことを認める旨自白したが、これは前記日本実業が発注した工事代金の支払のため振出された手形を、控訴人が発注した本件工事代金支払のため振出されたものと錯誤したためであつて明らかに事実に反するから撤回する。

4  同4を否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

1  被控訴人の請求原因1の事実及び同2の事実中追加工事を除いた部分は当事者間に争いがなく、同2中高知市加賀野井の追加工事の請負代金債権に関する部分については、被控訴人より不服申立てがないので、この部分を除いて、被控訴人の請求の当否を判断する。

2  請求原因3について

(一)  原審証人橋田治男の証言(第一回)によると、ハシダ工務店は、本件工事(ただし、前記追加工事を除く。以下同じ。)のうち、高知市佐々木町六号建売住宅の建築工事を昭和五二年六月ごろ完成して控訴人に右住宅を引き渡した事実を認めることができる。

(二)(1)  被控訴人は、ハシダ工務店が高知市加賀野井の建売住宅四戸の建築工事も約旨に従つて完成したうえ控訴人に引き渡したと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(2)  右工事の引渡しがなされたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、ハシダ工務店は、昭和五二年一〇月その経営が困難となり、高知市加賀野井のMS団地に建築中の住宅四戸を、未完成のまま、残工事は控訴人が他に注文して完成し、その工事金額を当初約定の請負金額から減額する約定のうえ、控訴人に引き渡した事実を認めることができ、原審証人橋田治男の供述(第一、二回)のうち右認定に牴触する部分は措信できない。

3  <証拠>を総合すると、請求原因4の被控訴人主張の債権譲渡の事実を認めることができる。

二抗弁について

1  抗弁1(清算の合意)について判断する。

この点に関する原審証人川竹賢助、同玉虫和夫(第一回)、当審証人吉永愛子及び当審における控訴人代表者本人の各供述は控訴人の主張に副うものであるが、その裏付けとなる文書のないこと及び控訴人の主張に反する原審証人橋田治男(第一回)の証言に照らし、措信することができず、他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠がないので採用できない。

2  抗弁2(本件工事未完成に基づく減額)について判断する。

(一)  別表にあるハシダ工務店が高知市加賀野井のMS団地に建築中であつた住宅四戸が、未完成のまま、残工事は控訴人が他に注文して完成し、その工事金額を請負金額から減額する約定の下に控訴人に引渡しがなされたことは、前記のとおりである。

(二)  そこで、右約定により減額すべき金額を検討する。

(1) <証拠>を総合すると、控訴人は前記約定による残工事の一つとして和田電気工務店こと和田彰夫に電気工事を注文し、その代金として昭和五三年二月二四万円を支払つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) <証拠>を総合すると、右残工事として、控訴人は、昭和五三年同栄設備株式会社に給排水衛生設備工事を注文し、その代金として九〇万円を支払つたことが認められ、原審証人橋田治男(第二回)の供述中一部右認定に牴触するところは、右工事が居住のために建物を利用するうえで不可欠であることにかんがみ、措信できない。

(3) <証拠>を総合すると、控訴人は、前記残工事の一部を矢野忠昭に注文し、その代金として昭和五三年八一万円を支払つたことが認められ、原審証人橋田治男(第二回)の供述中右認定に牴触する部分は措信できない。もつとも、乙六号証の二の中の門柱代一万三〇〇〇円、同号証の四の中の車庫代二万円、門戸代五万一〇〇〇円及び車庫土間の二万円、同号証の五の中の車庫上り口二万円、以上計一二万四〇〇〇円は、当該各物件の性質上右残工事に含まれないものとみるのが相当である。そうすると控訴人が矢野に支払つた右金八一万円のうち一二万四〇〇〇円を控除した残金六八万六〇〇〇円を本件工事金額から減額すべきである。

(4) <証拠>を総合すると、控訴人は、矢野忠昭に対し、前記加賀野井の住宅の建具調整費として三万円を支払つたことが認められるが、乙七号証に記載されている建具調整費以外の金員はハシダ工務店の請負工事に入つていたとは認めがたい。

(5) 以上(1)ないし(4)を合計すると、前記約定により減額すべき金額は一八五万六〇〇〇円となる。

3  抗弁3(弁済)について判断する。

(一)  控訴人がハシダ工務店に対し昭和五二年三月一四日本件工事代金の内金二〇〇万円の支払のために日本実業振出の金額三五〇万円、満期昭和五二年八月一六日の約束手形一通を交付し、その中の二〇〇万円が本件工事代金の一部として決済がなされたことは当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>を総合すると、ハシダ工務店に対し、控訴人と社員及び実質上の代表者が同じである有限会社の日本実業が注文した高知市佐々木町一号ないし五号の工事代金小計二一五八万五六〇〇円及び控訴人注文の同町六号の工事代金四三二万円の合計二五九〇万五六〇〇円の支払のために、日本実業振出の、①金額四〇〇万円、満期昭和五二年二月一六日、②金額五〇〇万円、満期昭和五二年二月二八日、③金額五〇〇万円、満期昭和五二年三月一六日(その後昭和五二年三月一四日に変更)、④金額三〇〇万円、満期昭和五二年三月一六日(その後昭和五二年三月三一日に変更)、⑤金額三〇〇万円、満期昭和五二年四月一六日(その後昭和五二年四月一一日に変更)、⑥金額二三三万五六〇〇円、満期昭和五二年五月三一日、⑦金額二〇〇万円、満期昭和五二年五月三一日、⑧金額二〇〇万円、満期昭和五二年七月一五日の約束手形八通(手形金額合計二六三三万五六〇〇円)が交付されて決済されたことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

そうすると、本件工事代金中別表の佐々木町六号の請負代金債権は全額弁済により消滅したものといわなければならない。二六三三万五六〇〇円と二五九〇万五六〇〇円との間には四三万円の差があるがこれが佐々木町の建物以外の請負代金への弁済とみるべき証拠はなく、むしろ佐々木町の各建物の諸費用に充当されたとみられる公算が強い。

(三)  控訴人は、ハシダ工務店に対し、①昭和五二年四月一二日、本件工事代金の内金六五万四〇〇〇円の支払のために、日本実業振出の金額四〇〇万円、満期昭和五二年九月一六日の約束手形一通、②右同日、本件工事代金の内金五〇〇万円の支払のために、日本実業振出の金額五〇〇万円、満期昭和五二年九月一六日の約束手形一通、③昭和五二年四月一五日、本件工事代金の内金三〇〇万円の支払のために、日本実業振出の金額三〇〇万円、満期昭和五二年九月一六日の約束手形一通を交付し、右手形はいずれも決済されたと主張し、前掲(二)の証拠を総合すると、控訴人主張の約束手形三通をそれぞれ控訴人主張の日に日本実業がハシダ工務店に対して振り出した事実を認めることができ、原審証人川竹賢助は、日本実業振出の右各手形が本件工事代金中加賀野井の工事代金の内金の支払のために交付されたという趣旨の供述をしているが、他方、前掲乙九号証、原審証人橋田治男(第一回)、同川竹賢助及び同玉虫和夫(第一回)の各証言によると、日本実業は、ハシダ工務店に対し、高知市一宮に二戸、同市高須に四戸の建売住宅を代金合計二八八一万六〇〇〇円で建築させた事実が認められ、この事実及びハシダ工務店が昭和五二年四月日本実業から振出を受けた手形は右の一宮及び高須の工事代金の内金の支払のために授受された旨の原審証人橋田治男の証言(第一回)に照らし、原審証人川竹賢助の前記供述はたやすく措信することができず、当審証人吉永愛子の証言や乙一三号証の二の記載も控訴人の主張を裏付けるに足らず、他に前記各手形が控訴人のハシダ工務店に対する本件工事代金債務の支払のために交付決済された事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、控訴人のこの抗弁は理由がない。

4  抗弁4(相殺)について判断する。

控訴人は、独立の法人格をもつ控訴人と日本実業とが税務対策上法人格を使い分けているにすぎず、実体は同一の会社であるとして、日本実業のハシダ工務店に対する手形債権をもつて、被控訴人の本訴債権(すなわち、被控訴人がハシダ工務店から譲り受けたハシダ工務店の控訴人に対する請負代金債権)と相殺するというが、法人格否認の法理は、会社と取引をした相手方や会社の不法行為によつて損害を受けた者の利益保護のために認められるべきものであつて、勝手な税金対策のため自ら法人格を濫用し又は法人格の混同を生じさせている者の側から法人格を否認することは、特段の事情のない限り、許されないものと解するのが相当である。そうすると、控訴人の右抗弁は、主張自体失当といわざるをえない。本判決によつても日本実業の右の手形金債権が行使できなくなるわけでないから、この判断が日本実業に不当な損害を与えるものでない。

三以上によれば、被控訴人の請求は、一六九六万六五〇〇円及びこれに対する引渡後である昭和五二年一一月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。したがつて、これと異なる原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(菊地博 滝口功 渡邊貢)

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